30代から始まる筋肉の変性とそれを踏まえたトレーニング
1.加齢による筋肉の変性
・30代から始まる骨格筋の減少
骨格筋量は発育期に著しく増加して20代でピークを迎え、30歳を過ぎるころから減少に転じます(1,2)。この減少は60代以降にさらに加速し、特に脚の筋肉は年間1.0~1.4%という高い割合で失われていきます(2,3)。
・筋量の減少よりも深刻な「筋力」と「筋パワー」の喪失
筋量の減少以上に深刻なのが、筋機能の低下です。加齢による筋力の低下率は、筋量の減少よりも2~5倍大きいことがわかっています(1,2)。さらに、30~40代から急速に進行するのが「筋パワー(力×速度)」の低下です(3)。
・変性のメカニズム:パワー発揮が得意な筋線維の委縮と神経系の衰退
速筋線維の委縮:筋線維は、素早く大きな力を生み出す爆発的な力発揮が得意な速筋線維と大きな力は出ないが持久力の高い疲れにくい遅筋線維に大別されます。加齢に伴う筋量現象では、特に速筋線維の減少と委縮が顕著であり、これが筋力・筋パワーの低下の要因となります(1)。
神経系の衰退:筋肉を動かす司令塔である「運動ニューロン(神経)」の消失も深刻です(2)。筋肉を操る最小ユニットである「運動単位」は、80代までに、約47%減少するとされています。(2)
・「筋内脂肪浸潤」による効率低下
筋肉の組織内に脂肪が蓄積する「筋内脂肪浸潤(筋肉の霜降り化)」が進むことで、タンパク質の合成など筋肉の代謝機能が低下します(2)。霜降り化が進んだ筋肉は同じ筋量でも筋機能が低くなり(2,5)、体組成計で評価される筋の質は、この脂肪浸潤や水分などによって変動する筋線維の密度を表したものです。
・筋肉の変性がもたらす生活への影響
筋機能の低下は、将来の移動能力の制限に関連します(2)。特に、筋パワーの低下は、素早い移動やつまずきへの対応といった咄嗟の動作を困難にします(3,7)。これらは将来の転倒や自立した生活を損なうリスクを高めるだけでなく、糖尿病や心血管疾患などの発症リスクとも密接に関係しています(2)。筋肉の変性を見越したトレーニングの選択と備えが大切です。
2.筋肉の変性を踏まえたトレーニング様式の選択
・筋量と筋力を底上げする「レジスタンストレーニング」
全身の主要な大筋群(胸、肩、背中、腕、体幹、脚)を網羅するエクササイズを、週2~3回実施します。(2)。各筋群に対し、1~2種目を、2~3セット、最大筋力の70~85%という高強度に向けて段階的に強度を挙げることが推奨されます(2)。適切に作成されたプログラムは、老化に伴う筋委縮や筋機能の低下をくい止め、骨格を支える力を構築するための効果的な介入となります(2)。
・「速さ」と「パワー」を取り戻す「高速レジスタンストレーニング」
筋肉を収縮させる局面を可能な限り素早く行うことで、筋パワーの改善が期待できます(2,8)。椅子からの素早い立ち上がりや重りを素早く持ち上げる動作は、伝統的なゆっくりした筋トレよりも日常生活動作(ADL)の改善に優れています(2,4,8)。パワーエクササイズは、筋力トレーニングの筋の短縮局面を早くする、日常動作を素早く行う(椅子から素早く立ち上がる)、ボールを投げる、おもりを素早く持ち上げる、ジャンプするなど多様なものがあり、目的や筋力レベルに合わせて選択します。動作のコントロールが難しいため、先述の筋力・筋量の向上を目指した筋トレでフォームを習得し、徐々に爆発的な動きを意識することが大切です
3.生涯の自立を支える包括的な「多要素運動プログラム」
・身体機能を統合的に高める多要素アプローチ
加齢による多角的な身体変性には、筋力・持久力・バランス・柔軟性のすべてを組み合わせた「多要素運動プログラム」が有効です(2,6)。世界保健機関(WHO)や国内のガイドラインでも、機能的能力の向上と転倒予防のために、これらの要素を組み合わせた活動を週3日以上行うことが推奨されています(9,10)。この様式は、単独の運動を行うよりも、日常生活の遂行能力(ADL)を向上させることが証明されています(2)。
・生活習慣病と心肺機能の低下を防ぐ「有酸素性」エクササイズ
筋肉の維持と並んで、歩行や自転車などの有酸素運動による持久力の維持が不可欠です。週に150分程度の中強度(会話はできるが、息は少し弾む)の活動、または75~150分の高強度の活動を行うことは、心血管疾患、2型糖尿病、特定のがんなどの非感染性疾患の予防や、走死亡率手の低下に有効です(9,10)。加齢による心肺能力の低下を抑制し、高血圧や糖尿病、心血管疾患などの発症リスクを低減させます(9)。筋力向上を最大化するためには、同一セッション内でレジスタンストレーニングを有酸素運動の前に行うことが推奨されます(2,3)。
・転倒を防ぐ「バランストレーニング」と「認知的アジリティ」
筋力の向上だけでは不十分な転倒予防において、バランス課題や、脳と体の連携を高める「認知的アジリティ」の統合が極めて重要です(11)。運動に計算や判断などの課題を組み合わせる「二重課題」を取り入れ、神経系の連携を再教育することで、咄嗟の状況における反応時間の遅れを改善し、回避能力を向上させます(3,6,11)
・「座りすぎ」による健康リスクの是正
長時間の座位行動(座りっぱなし)は、たとえ定期的な運動習慣があっても、独立した総死亡率の上昇や生活習慣病の発症リスクとなります(9,10,12)。座る、寝転ぶ、が長時間続くことを避け、30分ごとに動くなど頻繁に中断することが、身体機能の維持と代謝改善を助けます(10)。
おわり
安全に、効果的に、トレーニングを、体づくりを楽しみましょう。
参考文献
1.安部孝,尾崎隼郎.サルコペニアに対する筋力トレーニングの効果.NSCA JAPAN Volume21,Number3,pages2-11,2014.
2.Maren S.Faragala,EduardoL.Cadore,et al.高齢者のためのレジスタンストレーニング:全米ストレングス&コンディショニング協会のポジションステイトメント.NSCA JAPAN(翻訳版),2020.
3.竹島伸生,窪田友樹,藤田英二.高齢者のADL向上のためのパワートレーニング.NSCA JAPAN,Volume29,Number1,pages4-14,2022.
4.Tim Leszczak,Lisa Henning.高速レジスタンストレーニングを用いた高齢者の歩行動作の改善.Persojal Training Quatterly/NSCA JAPAN Web jounal,2020
5.Doug Hershberger,Lance Bollinger.サルコペニア肥満:病因および治療における食事とエクササイズの役割.NSCA JAPAN Volume25,Number1,pages62-66,2018
6. Bruna da Silva Capanema,Pedro Silva Franco,et al.超高齢者のトレーニング研究の一括レビュー.NSCA JAPAN Volume30,Number6,pages39-54,2023.
7. Luisa Pizzigalli,Alberto filippini,et al. 高齢者における転倒リスクの予防:姿勢の安定性における筋力と下肢対称性の妥当性.Jounal of Strength and Conditioning REsearch/NSCA JAPAN Web Journal 2013.
8.Lucas Bet da Rosa Orssatto,Eduardo Lusa Cadore,et al.高齢者に対し高速レジスタンストレーニングを優先すべき理由.NSCA JAPAN Volume26,Number6,pages19-26,2019
9.世界保健機関(WHO).WHO身体活動・座位行動ガイドライン(日本語版),2020.
10. 厚生労働省.健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023.
11. Ryan Carver.高齢者の認知的アジリティ.Personal Training Quarterly/NSCA JAPAN Web Journal 2021.
12.安永明智,クサリ・ジャヴァッド,岡浩一郎.高齢者の座位行動研究の動向と展望:座りすぎの実態とその健康リスク.NSCA JAPAN Volume28,Number2,pages4-11,2021.